佐野慎輔の野球をあるく

佐野慎輔の野球をあるく

2020.07.10

「勝ちに不思議の勝ちあり」

 野球に限らず、スポーツのチームとは監督の姿勢が大きく反映されるものである。勝負の世界だから、多くの場合は保持する戦力の差に勝敗が左右され、名監督が必ずしも常勝監督となるとは限らない。勝ったり負けたり、たとえ成績は振るわない時があっても、優れた監督というものはチームや選手たちに大きな足跡を残してくれるものだと思う。

 念頭に、野村克也さんの姿がある。
 今年2月、残念ながら84歳の人生に幕を閉じられたが、その言動、人柄は野球という枠を超えて親しまれていた。先日も、ベースボールマガジン社の池田哲雄社長と話すうち期せず野村さんの話題になり、時間を忘れて不思議な魅力を語りあった。
 長く野球記者を続けていると、いっぱしに野球の話ができるようになる。その多くは身近に接した監督の受け売りで、私の場合は担当記者を務めた広岡達朗、森祇晶両氏の影響が大きい。野村さんは担当として接したことはなかったが、時折、謦咳に触れると触発されることが多かった。とりわけ晩年のノムさんには教えを乞うことが多く、広岡、森に野村を振りかけて野球を語っている。
 そのノムさんの名言、至言は多々あり、「野村語録」「ノムラの考え」「野村ノート」としてまとめられている。私がしばしば引用させてもらうのは、『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』である。
 知られている通り、これは野村さん自身の言葉ではない。読書家のノムさんが歴史書から探しあてた江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦清、号して静山が残した言葉である。肥前平戸藩主の松浦静山は若くして隠居、278巻におよぶ随想集『甲子夜話』を書き残した。剣術書も執筆し、「勝ちに不思議の勝ち……」は『常静止剣談』にある。
  予曰く。勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。
  問、如何なれば不思議の勝ちと云う。
  曰く、遵道守術ときは其心必不勇と雖も得勝。是心を顧みるときは則不思議とす。故に曰ふ。
  又問、如何なれば不思議の負けなしと云ふ。
  曰、背道違術、然るときは其負無疑、
故に云爾客乃伏す。
 以上は、吉田豊編『武道秘伝書』の孫引きである。「勝ちに不思議の勝ちあり」とは、法則に従い技術の通りに戦えば気力が充実していなくとも勝つことができる。このとき不思議と思わずにはいられないだろう。「負けに不思議の負けなし」とは、法則を無視し技術を誤って使えば負けることは間違いない。簡単に言えばそう話している。
 要は、ふだんから運や気力に左右されない技術を身につけるよう努め、想定外の失敗をしても運や気力のせいにせず、原因を追究しておくべきだという教えである。ノムさんは南海ホークスの兼任監督を解任された1977年から13年の時を経て、1990年からヤクルトスワローズ監督として指揮をとることになった際、この言葉を座右に置き、自らの戒めとした。そして、選手たちに「努力すること」「野球を考えること」を染み込ませていったのである。
 2020年の富山サンダーバーズ、田畑一也監督の手腕に大いに期待している。地元・高岡出身だからというだけではない。野村学校の卒業生として、田畑監督には野村野球が流れているからである。

2020.06.18

「6月19日に思う」

  6月19日は何の日? そう問われれば、すぐに答えが返ってくるだろう。そう、2020年プロ野球の日本野球機構(NPB)公式戦が開幕する日だ。

 3月20日に予定されていた開幕は、新型コロナウイルス感染拡大によって3カ月延びた。試合数は144から120試合に縮小、セ・パ交流戦もオールスター戦も行わず、クライマックスシリーズはセが中止、パは短縮される。唯一、日本シリーズで日本一は決めるが、さまざまな記録達成はさて、どうなっていくだろうか。しかも当面は無観客試合。球音は戻ってきても歓声はまだ先、盛り上がりにはほど遠い。
 ルートインBCリーグは20日開幕する。わが富山GRNサンダーバーズは石川ミリオンスターズと富山県営球場で対戦。1000人限定で社会的な距離を保ちながらだが、観戦を可能にした。もちろん観客には検温、マスク着用をお願いし、大声での応援や鳴り物は禁じられた。それでもいい。野球をみる楽しみを忘れない挑戦にほかならない。
 6月19日は、私たちの楽しみ、野球の試合が世界で初めて行われた日である。
 野球の起源に諸説あるなかで、英国の球技ラウンダーズをもとに米国で発生したタウンボールが発展していった形とする説が有力視されている。タウンボールとは投げたボールを打ち、4つの塁を使って遊ぶゲーム。塁間やファウルラインなど決まりはなかった。
 その名の通り都市部で親しまれていたタウンボールを、4つの塁の塁間距離やファウルライン、9人という選手数、スリーアウトによる攻守交代などかたちを整えてベースボールに仕立てたのがアレクサンダー・カートライト。ニューヨークの銀行家である。
 カートライトは1845年に最初の野球チーム、ニッカボッカーズを結成。翌46年6月19日、ニューヨーク・ナインを相手に初の試合を行った。ところはニュージャージー州ホーボーケンのエリジアン・フィールド。ニューヨークの中心部から車でおよそ30分の距離にある。
 20年ほど前、1度だけ、この地を訪ねたことがあった。野球発祥の地と認めさせる運動を続ける人たちに話を聞き、街なかを案内してもらった。エリジアン・フィールド跡地の公園からはハドソン川越しにニューヨークのスカイラインがよくみえた。
 カートライトの時代から175年、野球はアメリカと日本では「ナショナル・パスタイム」と称されるほど発展した。ファンという名の野球愛好者たちが育んだ歴史の積み重ねだといっていい。
 コロナ禍は野球とファンの間に大きな壁をつくった。なあに負けるもんか。野球と野球ファンとの間には長い歴史の絆がある。スタジアムに球音が戻れば、やがて歓声も返ってくる。その日まで、もう少しの辛抱だ。コロナ禍からの再出発が初めて野球の試合が行われた日にあたったことに因縁を思う。

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2020.07.10

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