野球に限らず、スポーツのチームとは監督の姿勢が大きく反映されるものである。勝負の世界だから、多くの場合は保持する戦力の差に勝敗が左右され、名監督が必ずしも常勝監督となるとは限らない。勝ったり負けたり、たとえ成績は振るわない時があっても、優れた監督というものはチームや選手たちに大きな足跡を残してくれるものだと思う。
念頭に、野村克也さんの姿がある。
今年2月、残念ながら84歳の人生に幕を閉じられたが、その言動、人柄は野球という枠を超えて親しまれていた。先日も、ベースボールマガジン社の池田哲雄社長と話すうち期せず野村さんの話題になり、時間を忘れて不思議な魅力を語りあった。
長く野球記者を続けていると、いっぱしに野球の話ができるようになる。その多くは身近に接した監督の受け売りで、私の場合は担当記者を務めた広岡達朗、森祇晶両氏の影響が大きい。野村さんは担当として接したことはなかったが、時折、謦咳に触れると触発されることが多かった。とりわけ晩年のノムさんには教えを乞うことが多く、広岡、森に野村を振りかけて野球を語っている。
そのノムさんの名言、至言は多々あり、「野村語録」「ノムラの考え」「野村ノート」としてまとめられている。私がしばしば引用させてもらうのは、『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』である。
知られている通り、これは野村さん自身の言葉ではない。読書家のノムさんが歴史書から探しあてた江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦清、号して静山が残した言葉である。肥前平戸藩主の松浦静山は若くして隠居、278巻におよぶ随想集『甲子夜話』を書き残した。剣術書も執筆し、「勝ちに不思議の勝ち……」は『常静止剣談』にある。
予曰く。勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。
問、如何なれば不思議の勝ちと云う。
曰く、遵道守術ときは其心必不勇と雖も得勝。是心を顧みるときは則不思議とす。故に曰ふ。
又問、如何なれば不思議の負けなしと云ふ。
曰、背道違術、然るときは其負無疑、
故に云爾客乃伏す。
以上は、吉田豊編『武道秘伝書』の孫引きである。「勝ちに不思議の勝ちあり」とは、法則に従い技術の通りに戦えば気力が充実していなくとも勝つことができる。このとき不思議と思わずにはいられないだろう。「負けに不思議の負けなし」とは、法則を無視し技術を誤って使えば負けることは間違いない。簡単に言えばそう話している。
要は、ふだんから運や気力に左右されない技術を身につけるよう努め、想定外の失敗をしても運や気力のせいにせず、原因を追究しておくべきだという教えである。ノムさんは南海ホークスの兼任監督を解任された1977年から13年の時を経て、1990年からヤクルトスワローズ監督として指揮をとることになった際、この言葉を座右に置き、自らの戒めとした。そして、選手たちに「努力すること」「野球を考えること」を染み込ませていったのである。
2020年の富山サンダーバーズ、田畑一也監督の手腕に大いに期待している。地元・高岡出身だからというだけではない。野村学校の卒業生として、田畑監督には野村野球が流れているからである。
【佐野慎輔プロフィール】
【略歴】
- 県立高岡高校、早稲田大学卒
- 1979年、株式会社報知新聞社に入社、運動部記者としてプロ野球を担当(巨人、ヤクルト、西武、遊軍)
- 1990年、報知新聞社退社後、株式会社産業経済新聞社入社
- 産経新聞運動部でプロ野球(西武)を担当後、オリンピック担当
- 産経新聞シドニー支局長、外信部次長、編集局次長兼運動部長兼論説委員、業務企画統括兼資材部長等を経て、サンケイスポーツ代表、産経新聞社取締役を歴任し、その後、産経新聞特別記者兼論説委員を務める
2019年4月末で産経新聞社退社
【現在の役職】
- 産経新聞社客員論説委員
- 公益財団法人笹川スポーツ財団理事・スポーツ政策研究所上席特別研究員
- NPO法人日本オリンピックアカデミー理事・マーケティング委員長
- 公益財団法人日本財団アドバイザー
- 公益財団法人ブルーシー&グリーンランド(B&G)財団理事
- 一般財団法人日本モーターボート競走会評議員
- 早稲田大学非常勤講師(春学期・スポーツとメディア論、7年目)
- 立教大学、同大学院非常勤講師(秋学期・スポーツとメディア論、2年目)
- 2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会メディア委員
- 2019ラグビーワールドカップ組織委員会顧問
- 一般社団法人日本スポーツフェアネス推進機構運営委員、表彰委員
- スポーツ議連レガシー創出プロジェクトチーム・アドバイザリーボード
- 東京運動記者クラブ会友
- 野球殿堂競技者表彰委員
- プロ野球OB記者クラブ会員
- 野球文化学会会員
【最近の著書、共著】
◎主な著書
『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』(以上、小峰書店)
『日本オリンピック略史』(出版文化社)
◎主な共著
「スポーツと地方創生」「スポーツ・エキセレンス」「スタジアムとアリーナのマネジメント」「スポーツ・ファン・マネジメント」「企業とスポーツの現状と展開」(以上、創文企画)
「日本のスポーツとオリンピック・パラリンピックの歴史」「オリンピック・パラリンピックのレガシー」「オリンピック・パラリンピック歴史を刻んだ人々」「スポーツ白書」(以上、笹川スポーツ財団)
「日本のラグビーを支えた人々」(新紀元社)
◎主な辞典等の執筆
「JOAオリンピック小辞典」(メディアパル)
「21世紀スポーツ大辞典」(大修館書店)
◎主な監修
「オリンピック・パラリンピック大百科全8巻」「オリンピック・パラリンピック」で知る世界の国と地域全6巻」(以上、小峰書店)
「3つの東京オリンピックを大研究全3巻」(岩崎書店)
「オリンピック・パラリンピック全競技全6巻」(ポプラ社)
「全競技がわかるオリンピック・パラリンピック全3巻」(国土社)
「オリンピックもの知りチャンピオン」(くもん出版)